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幸福実現党に入党したドクター中松って人 「ドクター中松小事典」から

2010/06/19 23:00  Category:丸のHSメモ

「獏論3」 Date:2010/06/19

「ドクター中松小事典」から 
http://page.freett.com/turumaki/shojiten.html

●博士号
中松氏の出身校が東京大学第一工学部石油工学科(旧制)であるというのは周知の事実であるが、工学博士号の方はいつどこでとったのだろうか。
日本最大の博士論文コレクションを誇る国立国会図書館支部上野図書館で調査したが、中松氏の博士論文は発見できなかった。いくつかの博士名鑑を調査したが中松氏の名前は発見できなかった。「学士会」の名簿には工学博士号を持っていると書かれていたが、どこの大学のものであるかは書かれていない。また、東大資源開発工学科(旧・石油工学科)の同窓会名簿には、博士号を持っているとは書かれていないらしい。
ドクター中松総合研究所に問い合わせてみたが、中松氏の博士号は東京大学工学部のものであるが、詳細については正式に文書で取材要請をしていただきたいという返事であった。
選挙公報や名刺には「工学博士」の肩書きが記されていないという事実にも注意を払わなければならない。
工学博士号以外にも1987年11月4日に「国際著名人殿堂」から「発明博士号」を受けているらしい。一体これは何であろうか。

【中松氏は自称博士号がたくさんあるが、それを証明しない】


●選挙に勝つ発明
「コンピュータを駆使したシステムで、票田の調査・分析が即座にでき、選挙対策に細かく対応できる」(『週刊現代』1992年8月22日号)ものらしい。「立候補者の選挙予測装置(特許出願公告(以下、特公)平2-45212)」のことであると思われる。この発明は(1)有権者個別調査に使用するナカビゾンを応用したカード、(2)各候補者の各ファクタを数値化し、それらの値から総合投票指数なるものを算出すること(具体的な数値化の方法、指数算出の方法は書かれていない)、(3)同様に各ファクタから候補者の強さを地域別に算出し、それをマップに打ち出すこと、の3点から成り立っている。
ずいぶん人手のかかりそうな方法だが、実際の使用例はあるのだろうか。ナカビゾンを持った世論調査員を目撃された方は編者までご一報をお願いする。

【中松氏は、色々と立候補しているが、全戦全敗の変人である】


●ドクター中松エンジン
熱力学第二法則に反しない永久機関が実現可能であることを証明する「ドクター中松バーチャルパーペチュアルエンジンセオリー」に基づいた永久機関らしい。
しかし、現物を見る限りでは、上に手をかざすと止まるという点や、非接触であるという点からみて、「光や熱のエネルギを直接回転力にする装置(特開昭59-129591)」(回転子および/又は固定子に光や熱等の放射線を電気に変換するエレメントを搭載し、前記放射エネルギでブラシを経ずに直接コイル上に磁場を発生させ、これに対応する磁場との反応により回転力を得ることを特徴とする放射エネルギを直接回転力にする装置)のように思われるが違うだろうか。

【永久機関は昔から世界中の科学者・変人が挑戦しているが、まともなモノは無い】


●韓国文化勲章
中松氏は1989年9月20日に「韓国文化勲章及世界平和大賞」なるものを受賞しているという(『ドクター中松のもっと頭を良くする101の方法』p208)。韓国文化院(韓国大使館の附属機関)に中松氏が韓国文化勲章を受賞したというのは本当かどうか聞いてみた。答は「そんな話は聞いたことがない」ということだった。また、朝日新聞・読売新聞・毎日新聞の三紙には報道されていない。
韓国には1973年制定の五冠章という文化勲章があるが、その勲章が日本人に初めて授与されたのは1991年10月のことであるから、中松氏の勲章とは別物である。 中松氏の「韓国文化勲章」というのは本当に韓国政府が出している賞なのだろうか。


●国際著名人名誉殿堂
1982年11月24日、日本人でただひとり、中松氏を殿堂入りさせ、世界で15人のINVの尊号を授与し、1986年11月17日「世界栄誉賞」と「大統領賞」を授与し、さらに1987年11月4日「発明博士号」を授与した、この国際著名人名誉殿堂 (International hall of fame)なる組織は、中松氏の友人Dr. アレギザンダー・マリアンチーノ(マリナシオ)が代表取締役をつとめており(松沢呉一「ドクター中松という珍発明」『宝島30』1993年11月号)、中松氏自身も副会長である。
1989年9月3日、その最高賞「ヒューマニタリアン・アチーブメント賞」を授与した全米発明会議(Inventors club of America)も、このDr. マリナシオが会長で、中松氏が副会長である。事実上同一の組織ではないかという疑念を抱かざるをえない。


●国際発明協会
「世界発明コンテスト」の日本側窓口。会長は当然中松氏自身。【ブッシュ大統領親書】も参照。

【自分で組織を作って自分をほめさせるのは効果的だ】



ウィキペディア から一部

中松義郎(ドクター中松)

旧制麻布中学校、旧制成城高等学校理科甲類を経て、東京大学第一工学部石油工学科を卒業[1]、直後に法学部に編入、としている。その後三井物産でのヘリコプターの営業(ヘリコプターによる農薬散布を思いついたと自称している)を経て、1959年にイ・アイ・イに入社。同社の専務・副社長を務めている。
1971年に社長との対立から独立して、ナコー(現・ドクター中松創研)を設立。その後の自らの研究開発の拠点とする。独創的で奇抜な発想で、世界が注目する一世一代の発明からユニークな発明のものまで、数々の特許を取得した。世界中の数々の栄誉賞を受賞し、工学・法学・医学・理学・人文学の博士号を持っていると自称している[2]。また、アメリカ合衆国の11もの州で名誉市民賞を受賞したり各地で「ドクター中松デー」という記念日が制定されたりしている[3]。
2009年7月から幸福実現党の特別代表。また第45回衆議院議員総選挙に同党から比例代表東京ブロックに第2位で出馬した(7月30日報道[4])。なお中松は幸福の科学信者ではないことを表明している[5][6]。


参考
1^ 自著などに記載されている。しかしながら、卒業証書の公開はしていない。なお第一工学部であれば、廃止される1951年以前に卒業しているはずである
2^ 日本国内での博士号取得者のリストの中には「中松義郎」の名前は確認されていない
3^ 名誉市民賞や記念日は当人からの寄附の申し出で授与されるケースも多く一般的な顕彰とは位置づけが違っている
4^ 「ドクター中松氏が幸福実現党から出馬」スポーツ報知2009年7月30日
5^ 「ドクター・中松、幸福実現党から出馬…本人直撃!」ZAKZAK、2009年7月29日。
6^ 「伝説の候補者列伝(2) ドクター・中松氏『今回の選挙にも秘策の発明ある』」MSN産経ニュース、2009年8月16日。


【頭は良いけれど、色々と怪しいところのある人みたいな】
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