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幸福の科学教義 七色の大指導霊

2010/08/31 23:00  Category:丸のHSメモ

幸福の科学教義 七色の大指導霊 獏論3 Date:2010/08/31

幸福の科学教義によれば、地上を指導する如来たちの「七つの光」という概念が根本にある。これは神智学関係から剽窃したものだとみなす人もいます。今回はこの「七色光」に関して当方の意見を書いておきます。いつか色々な教義と共にまとめようと思っていましたが、資料収録を優先しているのでなかなか実現できません。ポンコツ頭もさらに鈍ってきていますし、詳しくはありませんが、緊急にメモを書いておきました。(敬称略)


大川教義の神霊的部分はほとんどGLA・高橋信次からの受け売りであり、それに手を入れたものだと見ています。以前も「サラバ幸福の科学」で書いていますが、大川隆法はスピリチュアリズムの知識も入れています。またルドルフ・シュタイナーを持ち出しているのですから、人智学と神智学も取り入れていて当然です。ちなみに彼は「沈黙の仏陀−ザ・シークレットドクトリン」という本を出していますが、この「ザ・シークレットドクトリン」というのは、神智学のブラバツキーが書いた本のタイトルです。

次に思想的な部分の多くは生長の家・谷口雅春から取り入れていると思います。高橋信次は光の指導霊とか、七つの分光とその役割などについて書いていますが、その原点は雅春教義に影響を受けたものでしょう。これらを使って大川教義ができていると考えます。

『生命の実相』にはこう書かれています[頭注版第13巻 倫理編・上 4〜5ページ)

‥‥「生長の家」は各宗派に対立して一宗一派を称えるのではない‥‥
‥‥「生長の家」に来られると仏教でも、神道でも、よくその神髄に徹して解ってくるのであります。神髄に徹してきますと、すべての宗教は結局は一つであることが解ってくるのであります。そうなると、キリスト教の人も仏教に対して同感を持ち尊敬を払うということにもなるのであります。仏教の人も、神道の人もやはり同じことであって、すべての宗教と宗教とがまったく争わないで仲よく一つに手をつなぐことができるのであります。

つまり「生長の家」では、すべての宗教はただ一つの神から発した救いの放射光線と見るのでありまして、ユダヤにおいては二千年前に救いの光線が射してそこにキリスト教が出現し、インドにおいては三千年前、神の救いの放射光線が放射して、そこに釈迦が生まれた。それは太陽の光は一色に見えるけれども、それをプリズムを通して見れば、美しい七色に分かれて見えるというのと同じことであって、すべての教えは神から放射したただ一色の白色光線が、民族とか伝統とか風俗習慣とか称するプリズムを通して分散し出た七色の救いの光線であって、光は一つ、決して互いに争うべきものではないと説いているのです。人の霊魂を救い、すべての人々に平和と和解を来たすべき各宗救が、今までのように互いに相争い反発し合っているようなことでは、宗教の使命を果たすことはできないのであります。
[注*七色=赤、橙(だいだい)、黄、緑、青、藍、紫]


※宗教思想を見れば、たとえばキリスト教と仏教は根本からして全く異なるものです。仏教は根源の神を認めませんから、キリスト教からしたら本来は邪教です。谷口雅春はこのような矛盾を無視して世界統一的な宗教をつくろうとしたわけで、宗教の百貨店とも言われました。

信次は雅春のこの「万教同根」思想を己の神学に取り入れました。だからGLAで学べば、すべての宗教の根源は一つであることが分かるという。今はろくに資料を持たないので、正しくは原典を見ていただくとして、ここでは概要を述べます。

雅春によれば、唯一の神から救いの光が放射され、それが釈迦・イエスなどとして地上に現れた。この思想を利用した信次によれば、大宇宙大神霊である真のメシヤ(救い主)エル・ランティーから三つの分光が現れたとする。ブッダ(釈迦)・モーゼ・イエスという「光の分霊」であった。
三者はエル・ランティーを本体とする魂の兄弟ということになる。GLAでは信次の前世は釈迦だとされているが、元はひとつの魂であり、ともに大如来である。彼らが交代で転生しながらこの地上に現れて人類を指導してきたとする。その際には、霊界に残っている者が守護霊となった。
また地上の人類は、これら三者の系統のどれかに属しているという。ブッダはカンターレ系、モーゼはモーゼ系、イエスはアガシャー系と呼ばれている。それは彼らの過去世に由来する。

一方、七色の概念はこれとは別にエル・ランティーの「光の直系」として現れる。神から放射される光がプリズムによって七色に分光するように、七大天使が生まれた。それがミカエル・ガブリエル・ウリエル・サリエル・ラグエル・パヌエル・ラファエル?(だったかどうか失念)であった。ミカエルが大天使長となり、彼ら七人は如来界で大指導霊として働いている。

大天使たちにはそれぞれの役割分担がある。ガブリエルは主に大天使長であるミカエルとブッダ・イエス・モーゼへの伝達。ウリエルは政治・経済・自治。サリエルは医学・薬学。ラグエルは立法。パヌエルは芸術・文学・歴史。(ラファエル?については当方では現在未確認)
当方が知っている限りでは、この霊的光は色分けされてはいない。

大川隆法は、信次・雅春から多大な影響を受けており、上の教えを混合して自分の教義に取り入れたと考える。特色は光をまさにプリズムの分光のように色分けをして意味を持たせ、信次教義にある大天使の役割分担の代わりに様々な如来を組み入れたことである。以下は、根本経典とされる旧『正心法語』の冒頭部分(5ページから9ページ)。

大宇宙に光あり 光は神の生命(いのち)なり 
生命によりて人は生き 生命によりて歴史あり
生命は永遠(とわ)に普遍なり
普遍の光射し来たり あまねく地上を照らすなり
これ天上の光なり 光 分かれて七色の 虹は天空 地に架かる
この虹色は神の色
黄色は仏陀 法の色
白色(しろ)はキリスト 愛の色
赤色(あか)はモーゼの 正義色
紫色(むらさき) 孔子の 秩序色
青色(あお)はカントの 理性色
緑色(みどり)は老子 自然色
銀色(ぎん)はニュートン 科学色
ああ 七色が相集い 神の御国(みくに)を照らし出す
神の御国は七色の 光の天使がしろしめす


仏陀(釈迦)が黄色だというのは、仏陀や仏像の色(元は黄金色だが)、法衣など、昔からの仏教のイメージをとったのだろう。イエスの白色というのは、神智学方面であったか、イエスが白色霊団に結び付けられているからだと思われる。赤・紫・青・緑はこれも我々には単純にイメージされやすいこと。赤は一般に情熱の色とも言われるが、それが社会正義に立ち上がる時のシンボル色とされたこともある。紫は古代から貴重な色であり、中国・日本でも高貴な色とされていた。そのため、位階の高位にあてられたこともあり、儒教的なものとして大川もそれを思いついたのではないか。理性の青、自然の緑というのは、これも昔から人にイメージされやすいものだろう。
銀色というのは単純に科学に機械的・金属的イメージを持ったことによると考えられる。だが実際には銀色という光はない。これは金属光沢による反射でそう見えるだけ。
どれも単純な発想だと思う。
またこの七人の光の天使というのは9次元存在であるべきなのに、緑の老子はたしか8次元存在として位置づけられていたはずであり、矛盾が生じている(カントもだったかな?−思い出せない)。

後に発行された『太陽の法』(p1168-p169)では役割分担について以下のように書いた。
[ ]内はその系統色

 一、釈迦 ── 新世紀の創造と新文明の構築。[黄]
 二、イエス・キリスト ── 天上界の指導方針の決定。[白]
 三、孔子 ── 地球霊団の進化計画の立案。[紫]
 四、エル・ランティ ── 人事。[−]
 五、モーゼ ── 地獄解消の陣頭指揮。[赤]
 六、マヌ ── 民族問題。[緑]
 七、マイトレーヤ ── 神の光のプリズム化。[−]
 八、ニュートン ── 科学技術。[銀]
 九、ゼウス ── 音楽、美術、文学などの芸術。[青]
 十、ゾロアスター ── 道徳的完成。[緑]


(エルランテイ・マイトレーヤが色の分類から除かれ、緑は二人いるという)

最大の矛盾ともいえるのが、白色をイエスとしていることにある。なぜならば白色光線とはすべての色の光線がほどよく混ざってできた光だからである。これをプリズムにかけると、七色を中心とした色彩に分光するのだ。白の中に赤や黄も緑や青などもすべて含まれているのである。光の3原色の割合で様々な色ができる。これはたぶん小学校か中学校で習ったと思う。光を神とするならば、この白色こそが唯一の神と考えるのが普通であろう(他にも矛盾はあるが、また別の機会に)。
正心法語はさらにこう続く(11〜12ページ)

霊は全(すべ)ての全てにして 肉体はこれ心の影
人生の大河を流るる小舟(おぶね)なり
小船はあくまで小船にして 船頭なくば座礁せん
船頭すなわち心なり
心もし過てば 小船は岩に砕かれん


高橋信次がいつもこんな感じのことを言っていたようだ。
肉体は舟であり、霊魂は船頭である。人生と言う川をしっかり渡るために心を正しなさいと。その受け売りである。
あとは霊言・法語を神理だと言い、反省して正しく生きよと平凡なことを説いているだけ。それでも信者には十分はげみにはなったろうと思う。

中途半端かもしれませんが、思っていたことをあらまし書いておきました。
なお、愛・知・反省・発展という四正道なるものについては、「サラバ幸福の科学」で少し触れています。愛=イエス(キリスト教)、知=フィロソフィア(ギリシア的英知)、反省=高橋信次(仏教)、発展=谷口雅春(光明思想)、これらを合わせたものという見方です。ただし深く考えることもないと思います。このように関連付けなくても、宗教や道徳に関心のある人ならこういう発想はあるはずです。大川教義はそこが上手だったのでしょうが。しかし「発展」とは道ではなく、さまざまな努力の結果でしかないと思います。


○後に「黄金の法」を出版してから、青のカントは分かりやすいように書いたもので本来はゼウスだと言うようになった。そして緑はマヌだとかに。もっともらしく聞こえるが、それなら最初から説明しているはずであり、少しずつ教義を確立していく間に思いついたのだろうと思います。その頃ではないかと思うが、信次が7大天使の役割分担を打ち出していたように、光の如来たちにもそれぞれ役割を付けている。
さらに「正心法語」改訂版になると、これら如来(と位置づけた者)たちの名前はすべて削除されたようです。そして「神」が「仏」に置き換えられました。これは大乗仏教で作られた「久遠の仏」に切り替えたからでしょう。
しかし、仏とは人間がなるものであり、造物主である神とは全く違います。

○当時の7大天使の誰かが、後にルシエル(普通はルシフェルかルシファーという)として地上に生まれたが悪行を重ねたたため地獄をつくり、天上界に戻れず、誰かが大天使の役目を交代したと言っていたようなぼんやりした記憶もあります(
このへんを大川も取り入れたみたいですが、色々と欺瞞があります。資料をむかし捨てたので今は何ともいえませんが、ともかく天使の概念は超古代からあるものではないです。最初はゾロアスター教の教義変形から始まり、これがペルシアにいたユダヤ教徒に伝わって、天使が創作されたと考えられます。元々があいまいなので、7大天使と言うのもその名称だけであり、ミカエル・ガブリエルなどのような有名どころ以外は誰なのかも定まらずに現在に至っているはずです(説は色々あるでしょうが)ところが大川隆法は、高橋信次による七大天使説をそのまま真似しています。

○その他、当ブログで前に言っていますように、信次はスピリチュアリズムからグループソウルの概念なども取り入れています。また大川隆法にしても神智学資料を読んでいるのでそれらも混ざっている。「シルバーバーチ」の本も読んでいますしね。教義をつくるネタはいろいろあります。以上すべて個人的な推測です。
一部修正 2013/03/22
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