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「幸福の科学」を科学する −有田芳生著より 「幸福の科学」VS講談社戦争の真相

2010/08/13 23:00  Category:丸のHSメモ

1991年「幸福の科学」VS講談社戦争  問題とされた記事の真偽  獏論3 Date:2010/08/13


「幸福の科学」を科学する  −有田芳生著 より 天山出版 1991年

「幸福の科学」VS講談社戦争の真相 p.157〜165

 問題とされた記事の真偽


 ここで「幸福の科学」と講談社のやりとりを、双方の文書のポイント部分から紹
介しておく。
 八月二十二日付けで「幸福の科学」から講談社に出された「通告書」の要求は二
点。「幸福の科学」が問題としたのはいずれも八月ニ十三日・三十日号に掲載され
た「連続追及 急膨脹するバブル教団『幸福の科学』大川隆法の野望」という連載
記事の一回目「『神』を名のり『ユートピア』ぶち上げて3千億円献金めざす新興
集団の『裏側』」というもの。筆者はジャーナリストの早川和廣。
 早川はこう書いている。

 「GLA元幹部で現在、東京・墨田区で人生相談の『石原相談室』を開いている石
原常次氏は語る。
 『彼がまだ、商社にいるころでした。ぼくのところに、ノイローゼの相談にきまし
た。GLAの高橋佳子先生の『真創佳記』を読んでいるうちにおかしくなってしま
った。自分にはキツネが入っている。どうしたらいいでしょうか』と。分裂症気味
で、完会に鬱病状態でした。ノイローゼの人は名前や住所を隠す場合が多いんです
が、彼も中川一朗(本名は中川隆)と名のっていました」

 「通告書」は大川が石原と面識がなく、ノイローゼの相談に行ったこともないから、
この記述がまったくの虚偽だという。
 問題としたもう一点は、この号で大川の結婚写真と大川の父親で「幸福の科学」
顧問の善川三朗のスナップ写真が勝手に掲載されたことはプライバシー権、肖像権
の侵害だということだ。

 こんな「通告」に対し、講談社は八月三十日付けの「回答書」で、一点目につい
ては取材内容を正確に引用したもので何ら作為を加えていないという。
 写真については、月刊ペン裁判でも問題となったように、国民の精神生活に重大
な影響を与える宗取界の指導者のプライバシー、肖像権は持段の扱いがなされるべ
きで違法ではないと主張。

 こんなやり取りがされてから、九月二日に「幸福の科学」が講談社などを訴えた
のだが、そこで写真のことは「請求の理由」から外され、早川記事の部分だけが問
題とされた。訴状はこう述べている。
 「この虚偽の事実の指摘により被告らは大川隆法があたかも精神に病を持つ者であ
るかの如き誤った印象を一般読者に与え、原告は真実の信仰心を持った人々の集う
社会的評価の高い宗教団体であるにもかかわらず、本件記事によって著しく名誉を
毀損された」
 こんな経過があって、「講談社・週刊フライデー全国被害者の会」(「幸福の科学」
が支援)は、『フライデー』廃刊と講談社社長の退陣を要求し、全国で署名運動と
講談社出版物の不買運動をはじめたのだ。

 ここで焦点となっている記事についてひとこと言っておきたい。この記事に対し
早川から取材を受けた石原は、その発言が本当だったかどうかが問題となってから
「早川氏の聞きまちがい」だという文書を「幸福の科学」に出している。さらに九
月四日には文化放送に電話出演して同じ趣旨を語った。
 石原はGLAの幹部ではなかったし、相談室も九一年三月から開設している。だ
から八六年七月まで商社員だった大川がこの相談室に来るはずがない。しかも五、
六年前に石原のところに未だ「中川一郎」なる人物が大川とは別人だと三回も早川
に言ったという。

 これだけ聞いていると講談社や早川の側に分が悪いようだ。だが、石原は講談社
側の確認には「(一部を除き)早川さんの記事は間違ってません」と異なった発言
をしている。しかも、「幸福の科学」が石原に対し何度も働きかけていたこともわ
かった。八月十八日、「幸福の科学」の広報宣伝部長ら三人が石原宅を訪問。この
とき話した内容を「幸福の科学」側がワープロで打ち、二十二日に持参して、そこ
に石原が署名、捺印するよう求めたのだった。「幸福の科学」側は「大袈裟にはし
たくないが、抗議をしたいので」といって石原を説得した。

 石原の自宅には九月四日以来、朝から夜まで「幸福の科学」会員が訪れている。
そんな状況のもとでのラジオ出演だった。石原はこの騒動に巻き込まれた心境をこ
う語っている。「記事が出て本当に大変なことになったと思った。怖かったんです
よ、『フライデー』も『幸福の科学』も。でも、怖さを天秤にかけたら『幸福の科
学』のほうが怖かった。だから謝りの電話を入れたんです。証言文に署名したのは、
間違いでした」(『サンデー毎日』九一年九月三十三日号)。
 石原発言の真偽はこれからの裁判などを通じて明らかになるだろう。今回の問題
が発生してからの重大な点は、むしろ「幸福の科学」の常軌を逸した誤った対応に
ある。


 記者のモラルと「幸福の科学」の誤算?

 早川の記事の該当部分が仮に誤りであったと想定しよう。一般論としていえば正
当な取材を行ったうえでも、結果として誤りは起こりうることだ。だからこそ記事
内容が個人の人格評価にまでかかわることならば、その記述には慎重かつ事実であ
ると判断するにたるいくつもの傍証が必要だ。
 早川をふくめ書くことで生活しているものならば、そのぐらいのモラルは最低限
持っている。繰り返すが、記者も人間である以上それでも時として誤りは起こる。
では、その時どうするのか。

 一般論としていえば、書かれた当事者は、たとえ当人が社会的問題を起こした人
物であったとしても、書いた者に対して好感情は抱かない。ましてや、記者も間違
うことがあるとすれば、記者は記事に対する批判に対して逃げるのではなく、抗議
に耐える義務がある。その対応においては、書くものも書かれたものも対等でなけ
ればならない。責任を持って記者をやっているものは、このぐらいのことはわかっ
ている。

 早川はフリーのジャーナリストだが、会社組織に属さず、ものを書いて生きてい
る以上、その責任感は組織によりかかっている記者よりはいっそう切実である。も
ちろん会社に属したすぐれた記者は多いが、ここで言いたいのは生きることと結び
付いた切実感という意味だ。「あいつはこんなずさんな取材をする」ということに
なれば、それだけで生活権が脅かされるからだ。

 「幸福の科学」会員で「講談社・週刊フライデー会国被害者の会」会長の景山民夫
は、この問題が解決するまでは講談社の仕事をしないと決め、九月五日にコメント
を出したが、そこで「すべてのマスコミに関わっている人間の姿勢を問うもの」と
してこう書いている。「もちろん、言論の自由は尊重されるべきです。が、それと
同時に、その自由は大きな責任を伴うものであるということも、意識しておかねば
なりません」

 そのとおりだろう。そのうえで「幸福の科学」の対応について考えたい。宗教者
にとって教団の教祖が精神的におかしかったなどと根拠もなくいわれれば、それぞ
れの会員の水準で複雑な思いを抱くだろう。その一つの感情の発露として「許せな
い」「抗議したい」と実際に行動に移すものもいるだろう。
 結果としてこの問題では東京地裁に提訴し、講談社へのデモや会社前での抗議行
動という方法を取った。しかし、それ以上の組織的な行動は「幸福の科学」の誤算
であり、誤りである。

 まず『フライデー』廃刊と講談社社長の退陣要求は、講談社からすれば最初から
のめる要求ではない。この要求を前に双方が歩み寄るとか、理解するとかいう次元
の問題ではない。あまりにも唐突で行き過ぎた要求だと思われても仕方がない。
「幸福の科学」が問題にするならば、その記事の該当部分の削除や訂正、おわびの
要求が妥当ではないか。

 つけ加えておけば、『フライデー』が書いた石原発言については、すでに他のメ
ディアで書かれたことだ。『月刊Asahi』九一年四月号に載った「『幸福の科
学』主宰大川隆法 挫折だらけの生いたち」(佐野眞一)ではこう書いていた。
「GLAの元会員によれば、昭和五十五、六年ごろ、大川はある女性につれられて、
その元会員がひらいていた心霊療法の治療にやってきたことがあるという。
 『一目みて心身症だとわかりました。苦虫を十匹もかみつぶしたような顔をして、
なんでも税理士の試験を二回、すべったということでした』」

 これは「幸福の科幸」が『フライデー』記事を「虚偽の幸実」としたこととは別
問題なのだろうか。『フライデー』記事で「著しく名誉を毀損された」というのな
らば、『月刊Asahi』にも同じ対応をするのが一貫した対応だろう。どうして
『月刊Asahi』の廃刊と朝日新聞社社長の退陣を要求しないのだろうか。なん
とも理解に苦しむところだ。
 そんな水準とは次元を異にする明白な誤りで言論妨害と言われても仕方がないの
は、講談社や関係のない「日刊ゲンダイ」への組織的な嫌がらせ電話とFAX攻勢
だ。これは「幸福の科幸」の言い訳を許さない。



以上転載

▲石原氏は「幸福の科学」職員・会員たちから一日中突き上げをくらったようで、その恐怖によって、「フライデー」早川氏の記事、ノイローゼの相談の件に誤りがあると言うしかなかったようだ。その件を中心として教団が、講談社に対して「捏造」だと阿修羅のごとく攻撃し続けた事件だった。
幸福の科学教祖・教団が、無理難題を仕掛けて、非常識きわまる行動をしたことが判明した。これで日本全国に教団の異常性・攻撃性が知られることとなり、会員数は激減。「希望の革命」と称した「対フライデー戦争」で、大川教団は敗北した。全国で「幸福の科学は危険な宗教ではないか」という疑惑が沸き立ち、教団は一気に衰退。信頼を失い資金繰りにも困った教団は100万円本尊など高額商品(法具)を次々と打ち出していく。こうして霊感商法的な道をひた走るようになった。



早川和廣(和広)氏はさまざまな新宗教の実態をレポートしておられた方で、以下のような著書があります。
阿含宗・桐山靖雄の知られざる正体 (1986/3)
新興宗教の正体 (1987/1)
天理教・その堕落と悲劇 (1988/1)
新興宗教教祖のウラの裏がわかる本 (1988/11)
新興宗教の辞め方・断り方 (1990/6)
(その他ビジネス関係)
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