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「私はサリン製造計画を知っていた」オウム事件の全貌が明らかに 日刊SPA!
2012/12/26 23:00 Category:宗教系記事
「私はサリン製造計画を知っていた」オウム事件の全貌が明らかに
日刊SPA! 2012年12月11日19時22分
http://news.livedoor.com/article/detail/7221192/
‘12年、オウム特別指名手配中の3人が17年の逃亡の末に逮捕され、オウム事件に一つの区切りがつこうとしている。しかし、オウム事件の全貌は明らかにされていない。そんななか、教団内部を最も知る男、元最高幹部の上祐史浩氏がオウム事件の真実を綴った本「オウム事件 17年目の告白」が出版される(12月17日発売予定)。彼が語るオウム事件の真実とは何なのか。オウム問題を追及してきたジャーナリスト・有田芳生氏が迫る!
有田芳生(以下、有田):私はこれまで、メディアから対談の企画が持ち込まれても、すべて断ってきました。しかし今回、告白本を書かれたと聞き、目次を見て「ここまで書いたか」と、ぜひ話をしてみたいと思ったわけです。
本を読むと、上祐さんは大量テロに関する麻原の教えを共有していたのだと、はっきりわかる。
上祐史浩(以下、上祐):はい。正確に言うと、教団をつぶし、世界を悪くする闇の権力と戦って、「真理の国」を作るために、大量破壊兵器の使用を含めた武力革命を行うという麻原の預言の教義です。
ただ、人類改造計画とも言うべきものですから、地下鉄にサリンを撒いたと聞いたときには、「教団武装化の目的は、もっと大きなことだったのではなかったか」という違和感がありました。
有田:ただ、私は地下鉄サリン事件の当時、麻原の指示に反対する上祐さんの声を聞いたことがあるんです。教団施設が警察の強制捜査を受けた際、私も現場に足を運んだのですが、上九一色村の倉庫に、大量のカセットテープが散乱していた。
その中から、’90年の総選挙に出馬すべきどうかという教団内部の議論の様子を録音したものを見つけたんです。そこに、選挙に出ることに反対する上祐さんの声が収められていた。反対したのは、勝ち目がないと思ったからですよね?
上祐:そうです。でも、麻原に帰依することが第一だと考える人や、選挙での勝ち負けより、麻原に従うことが修行であると考える弟子が大部分だった。意見を述べる場が設けられたのも、「みんなの一致した意見で選挙に出る」という形で、麻原が進めていくための通過儀礼みたいなものでした。
その中で私だけがズレていて、会議の趣旨を理解せず、麻原にまともに反論したのでしょう。
有田:しかし一方で、上祐さんは教団を守るために、理不尽な態度を一番外部に晒していました。例えば、地下鉄サリン事件後の民放テレビの特番で、村井さんが教団施設内のプラントはサリン製造用ではないと説明しながら、「ハステロイ」という金属の名前に言及した。そうしたら、アメリカから来ていた生物化学兵器の専門家がすぐに反応して、「ハステロイだって? それはサリンを製造する際に、設備の侵食を防ぐのに必要な金属じゃないですか!」と言ったんです。
すると、当の村井さんがキョトンとしている横で、上祐さんがすかさず話を全然違う方向に持っていった。「これは確信犯的に嘘をついているな」と思いました。
上祐:当時は盲信のために、確信犯的に嘘をついていました。教団の嘘が露呈しかねない危ない場面は、ほかにもたくさんありました。例えば村井は、「サリンではなく農薬だ」と言い逃れるために、一夜漬けで知識を仕入れていた。到底、専門的な検証に堪えうるものではありませんでした。
有田:12月に刊行される本を読むと、地下鉄サリン事件が起きた直後、ロシアで早川と話しながら、すぐに教団の仕業だと思ったわけですよね。それでいて、「ああ言えば上祐」と揶揄された広報活動に突き進んだ。
上祐:地下鉄サリン事件が起こること自体は予想外だったにせよ、サリンを作る計画を知った上でロシアに行っていたわけですから、それがいつか使われることは、漠然とは予期していたと言うべきでしょう。それでも、教団は真理だから守らなければいけないと思い、また闇の権力の陰謀も多少なりとも信じていた。すべては盲信のなせるわざだったのです。
教団の武装化、サリン製造計画の存在を知っていたことを認める上祐氏。週刊SPA!12月11日発売号「事件から17年――ついに語られるオウム事件の真実」では、さらに踏み込んで炭疽菌製造・散布、皇族襲撃事件についても語っている。
【上祐史浩氏】
‘87年にオウム入信。地下鉄サリン事件後、麻原の指示の下、教団のスポークスマンとなる。偽証罪などで服役後「アレフ」代表となるも、’07年に脱会。オウム信仰を脱却し、現在は自ら設立した「ひかりの輪」代表を務める
【有田芳生氏】
オウムや統一教会などカルト宗教問題を取材してきたジャーナリスト。参議院議員。著書に「闇の男 上祐史浩—終わらないオウム真理教」(同時代社)、「メディアに心を蝕まれた子どもたち」(角川SCC新書)などがある
<対談構成/李策 撮影/山川修一(本誌)>
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「私はサリン製造計画を知っていた」オウム事件の全貌が明らかに
日刊SPA! 2012年12月11日19時22分
http://news.livedoor.com/article/detail/7221192/
‘12年、オウム特別指名手配中の3人が17年の逃亡の末に逮捕され、オウム事件に一つの区切りがつこうとしている。しかし、オウム事件の全貌は明らかにされていない。そんななか、教団内部を最も知る男、元最高幹部の上祐史浩氏がオウム事件の真実を綴った本「オウム事件 17年目の告白」が出版される(12月17日発売予定)。彼が語るオウム事件の真実とは何なのか。オウム問題を追及してきたジャーナリスト・有田芳生氏が迫る!
有田芳生(以下、有田):私はこれまで、メディアから対談の企画が持ち込まれても、すべて断ってきました。しかし今回、告白本を書かれたと聞き、目次を見て「ここまで書いたか」と、ぜひ話をしてみたいと思ったわけです。
本を読むと、上祐さんは大量テロに関する麻原の教えを共有していたのだと、はっきりわかる。
上祐史浩(以下、上祐):はい。正確に言うと、教団をつぶし、世界を悪くする闇の権力と戦って、「真理の国」を作るために、大量破壊兵器の使用を含めた武力革命を行うという麻原の預言の教義です。
ただ、人類改造計画とも言うべきものですから、地下鉄にサリンを撒いたと聞いたときには、「教団武装化の目的は、もっと大きなことだったのではなかったか」という違和感がありました。
有田:ただ、私は地下鉄サリン事件の当時、麻原の指示に反対する上祐さんの声を聞いたことがあるんです。教団施設が警察の強制捜査を受けた際、私も現場に足を運んだのですが、上九一色村の倉庫に、大量のカセットテープが散乱していた。
その中から、’90年の総選挙に出馬すべきどうかという教団内部の議論の様子を録音したものを見つけたんです。そこに、選挙に出ることに反対する上祐さんの声が収められていた。反対したのは、勝ち目がないと思ったからですよね?
上祐:そうです。でも、麻原に帰依することが第一だと考える人や、選挙での勝ち負けより、麻原に従うことが修行であると考える弟子が大部分だった。意見を述べる場が設けられたのも、「みんなの一致した意見で選挙に出る」という形で、麻原が進めていくための通過儀礼みたいなものでした。
その中で私だけがズレていて、会議の趣旨を理解せず、麻原にまともに反論したのでしょう。
有田:しかし一方で、上祐さんは教団を守るために、理不尽な態度を一番外部に晒していました。例えば、地下鉄サリン事件後の民放テレビの特番で、村井さんが教団施設内のプラントはサリン製造用ではないと説明しながら、「ハステロイ」という金属の名前に言及した。そうしたら、アメリカから来ていた生物化学兵器の専門家がすぐに反応して、「ハステロイだって? それはサリンを製造する際に、設備の侵食を防ぐのに必要な金属じゃないですか!」と言ったんです。
すると、当の村井さんがキョトンとしている横で、上祐さんがすかさず話を全然違う方向に持っていった。「これは確信犯的に嘘をついているな」と思いました。
上祐:当時は盲信のために、確信犯的に嘘をついていました。教団の嘘が露呈しかねない危ない場面は、ほかにもたくさんありました。例えば村井は、「サリンではなく農薬だ」と言い逃れるために、一夜漬けで知識を仕入れていた。到底、専門的な検証に堪えうるものではありませんでした。
有田:12月に刊行される本を読むと、地下鉄サリン事件が起きた直後、ロシアで早川と話しながら、すぐに教団の仕業だと思ったわけですよね。それでいて、「ああ言えば上祐」と揶揄された広報活動に突き進んだ。
上祐:地下鉄サリン事件が起こること自体は予想外だったにせよ、サリンを作る計画を知った上でロシアに行っていたわけですから、それがいつか使われることは、漠然とは予期していたと言うべきでしょう。それでも、教団は真理だから守らなければいけないと思い、また闇の権力の陰謀も多少なりとも信じていた。すべては盲信のなせるわざだったのです。
教団の武装化、サリン製造計画の存在を知っていたことを認める上祐氏。週刊SPA!12月11日発売号「事件から17年――ついに語られるオウム事件の真実」では、さらに踏み込んで炭疽菌製造・散布、皇族襲撃事件についても語っている。
【上祐史浩氏】
‘87年にオウム入信。地下鉄サリン事件後、麻原の指示の下、教団のスポークスマンとなる。偽証罪などで服役後「アレフ」代表となるも、’07年に脱会。オウム信仰を脱却し、現在は自ら設立した「ひかりの輪」代表を務める
【有田芳生氏】
オウムや統一教会などカルト宗教問題を取材してきたジャーナリスト。参議院議員。著書に「闇の男 上祐史浩—終わらないオウム真理教」(同時代社)、「メディアに心を蝕まれた子どもたち」(角川SCC新書)などがある
<対談構成/李策 撮影/山川修一(本誌)>
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