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講談社VS.「幸福の科学」戦争の「常識」「非常識」=サンデー毎日1991/09/22

2011/05/20 18:26  Category:雑誌記事

『サンデー毎日』1991.9.22
講談社VS.「幸福の科学」戦争の「常識」「非常識」

『フライデー』の記事をきっかけに始まった大川隆法「幸福の科学」VS.「講談社」の全面戦争。連日押し寄せる抗議電話とファクスに講談社の機能は完全マヒという。これが「幸福」を「科学」する団体のすることかと常識を疑いたくもなるのだが‥‥

「うるさいな。おれがいいと言ってるんだからいいんだよ。いやならおまえら出てけ。ここはおれの家だ」
「幸福の科学」VS.「講談社」騒動のキーパーソン、石原常次さん(41)はそう言うと、奥の部屋へ戻れという「幸福の科学」会員らしき若者の手をふりほどいた。東京都墨田区の石原さん宅で、本誌がインタビューをしている最中のでき事である。
 九月四日以来、石原さんの自宅には、朝から晩まで「幸福の科学」会員が訪れている。
「色々なことが起こり得るのでお守りしているI(「幸福の科学」広報宣伝局)のだそうだ。
 石原さんは、騒動のきっかけとなった、講談社発行の『フライデー』8月23・30日合併号で、問題の証言をしたとされる人物である。
 記事中、石原さんの証言は、こう紹介されている.

 「GLA(新興宗教のひとつ=本誌編集部注)元幹部で現在、墨田区で人生相談の「石原相談室」を開いている石原常次氏は語る。
 『彼がまだ商社にいるころでした。ばくのところに、ノイローゼの相談にきました。(中略)分裂症気味で、完全に鬱病状態でした。ノイローゼの人は名前や住所を隠す場合が多いんですが、彼も中川一郎(本名は中川隆)と名のっていました』」

 つまりは.この証言をしたのか、しないのかで、九月二日以来の告訴、抗議活動が発生したわけだ。
 本誌は石原さんと、二日にわたり計五時間のインタビューを行った。『フライデー』の記事を執筆したジャーナリスト、早川和廣さんの証言と合わせ、ここに事件の経過を再現する。(日付は石原さんの記憶があいまいなため、早川氏の証言が中心。会話は石原、早川両氏のインタビューをもとに大意を再構成した。この部分敬称略)

七月二十七日夜。早川から石原へ電話で。
早川 以前、大川隆法がノイローゼの相談に来たと聞いたが‥‥
石原 来たことがある。中川一郎と名のっていた。大川と同一人物の可能性が高い。ただ証拠がない。
八月五日か六日午後。早川から石原へ電話で、
早川 先日の話を記事にしたいが、名前を出してもいいか。
石原 出してもいいが、「幸福の科学」のやっていることは金もうけにしか見えないということと、大川には魔王がついているというコメントを入れてほしい。それと重ねて言うが、中川と大川が同一人物である証拠はない。
八月九日、フライデー発売。以後、石原宅には、GLAや記事を読んだ友人などから電話が殺到。「仕事(本業は表具店経営)も手につかない」(石原)状況に。
八月十三日。石原から「幸福の科学」本部へ電話で。
石原 不確かな証言が記事になってしまった。そちらにも迷惑をかけたと思う。中川と大川先生は違う人物だと思う。
幸福の科学」 話はわかったが、後々のこともあるので形に残したい。手紙にして送ってほしい。
八月十四日、石原は、百九十一字の手紙を投函。
八月十八日 石原宅に、「幸福の科学」の森薫樹広報宣伝局部長、松本弘司広報課長補佐、安田信彦文書課長の三人が来訪。
森ら 手紙の内容がよくわからないので、くわしく話を聞きたい。
 石原から約一時間にわたり事情を聞く。
森ら 今の話をもう一度文書にしてほしい。
石原 面倒なので、ワーブロで打ってほしい。
八月二十一日。石原から早川へ電話で。
石原 電話が殺到してる。参りました。中川が大川と同一人物かどうか、証拠がないので「幸福の科学」には謝りました。不確かなことを言って、早川さんにも申しわけないことをした。
 「幸福の科学」が来て「大袈裟にしたくはないが、抗議したいので、早川さんの記事は間違っていると一筆入れてくれ」と言っている。それはできないと言ったが、明日、文書をつくって来ると言って帰った。困りました、
八月二十二日、午後六時半。十八日と同じメンバーが石原宅に来て一時間、「大袈裟(おおげさ)にはしたくないが、抗議をしたいので」などと説得。石原は、千三百八十一字の証言文に署名、捺印した。「幸福の科学」はその日のうちに、この話を基に、謝罪を求める通告文をフライデー側に郵送した、
八月二十三日 早川から石原に電話で。
早川 署名の件はどうなりましたか。
石原 署名はしました。「幸福の科学」も、署名すれば大袈裟にしないと言ってる。
早川 でも、それを提出すれば証拠になる。困りましたね.
八月二十六日。石原から、『フライデー」編集担当者に。
担当者 「幸福の科学」から、証言文が送られてきた。
石原 署名は仕方なかった(一部を除き)早川さんの記事は間違ってません。
担当者 しかし、このままでは裁判になりかねない。
石原 そちらに送られてきた証言文を焼き捨てて下さい。
八月三十日。早川から石原へ電話で。
早川 あの証言文は間違っていると、こちらにも一筆入れてほしい。
石原 それは構わない。文書はそちらはそちらで書いて書いて持って来てほしい。
 この日、『フライデー』は、「石原氏の供述内容は取材を正確に引用したもの」「この企画はこれからも続けていく」などとする回答書を「幸福の科学」に送っている。
八月三十一日。『フライデー』編集者が石原宅を来訪。
石原 やっぱり署名はしたくない。もし、両方に逆の証言をしたことになったら、法的にどうなるのか。
編集者 それはわからない。
石原 両方を敵に回すのはいやだ。帰ってくれ。


フライデー憎けりやゲンダイも

 読んでおわかりの通り、石原さんの証言は極めてあいまいであり、相手によって、その内容が変わる。このあいまいさが、騒動の引き金となったことは否めない。
 また、石原さんのあいまいな証言を、そのまま引用した早川さんの責任も免れないだろう。まして、「GLA元幹部」という肩書は、完全な間違いであった。
 あいまいな証言を基に、教祖を誹謗された「幸福の科学」とすれば、抗議に及んでも当然かもしれない。しかし、その仕方が度を越すとなれば、これはまた別問題である。
 九月二日、「幸福の科学」は、名誉を毀損されたとして、講談社を相手に、謝罪広告と慰謝料五百万円の支払いを求める訴えを東京地裁に起こした。また同時に、講談社と日刊ダンタイに対する大抗議行動が始まった。
 講談社に「幸福の科学会員」「フライデー被害者の会」を名のる抗議電話、ファクスが入りだしたのは、午前九時ごろからだった。抗議は『フライデー』編集部だけでなく、講談社の四十局、百三十部のほとんどすべてに対して行われた。
 同社の杉本暁也広報室長が話す。
「完全に通信機能はマヒ状態になりました。作家の原稿も入りませんし、書店との受注連結もまったくできません。ひどいのになると大川隆法氏の著書を丸ごと一冊ファクスで送ってくるんですから.ファクスを仕事で使う余地なんて、まるでありませんよ」
 午前十時すぎには講談社周辺に集まっていた信徒ら約五百人が、大挙して建物内に乱入。「責任者を出せ」「フライデー廃刊」などとシュプレヒコールをあげた。
 「あんな形でこられてはとても相手にできないので、とにかく代表者六人を三階の会議室にいれ、こちらも第一編集局長以下六人で対応しました。そのときのあちらの主張は『神である大川を誹謗したフライデーを廃刊せよ』ということでした。午後二時に再び来たときは、『野間(佐和子)社長を即刻退陣させよ』というのが加わった。もちろん、受け入れられるはずがないと笞えました。
 この一方、同じ講談社グループとはいえ、『フライデー』とは直接関係のない『日刊ゲンダイ』にも、電話、ファクス攻勢がかけられている。下桐治第一編集局長が話す。
 「わが社は、設立当初から、編集はもちろん、人事的にも講談社とは独立した組織です。『フライデー』批判をこっちに持ち込まれても見当違いもはなはだしい。
 さすがに、「幸福の科学」も戦術を変更した。
 「それまで、理不尽な抗議活動は中止して欲しい、と申し入れていたのですが、四日午後六時半になって、『幸福の科学』の森広報宣伝局・部長から電話で"明日からは、『日刊ゲンダイ』と闘争を始めます"と一方的に通告された、理由は、六月に三回シリーズで掲載した『精神世界のバブルに踊る、この人たちの真贋』という記事が、大川隆法を誹膀しているからだという。こんなものは後からつけた理由としか思えません」(下桐第一編集局長)
 六日、威力業務妨害罪などで刑事告訴した、

「偉大なる常識人」の非常識

 この戦術転換前日の三日、「幸福の科学」は、東京・紀尾井町の同会本部で、記者会見を開いた。
 会見は開始前から、すでに着席していた『日刊ゲンダイ』の記者を押し問答の末、追い出すなど、大荒れ。内容は、簡単な経過説明のほか、抗議声明を読みあげるなど一方的なもの。記者との質疑応答も、二、三の質問に、あいまいに答えただけだった。
 この会見で不可解だったのは、「フライデー全国被害者の会」なる団体から出席した五人。
 会見中、「幸福の科学」側は「市民と連帯しての抗議行動」「上からの命令ではない、会員の自発的な行動」を強調したが、説得力に欠けた。この五人の出席者は全員「幸福の科学」会員なのだ。
 五人は、会見場入室の際、正面に飾られた大川隆法氏の写真に一礼して入室。「被害者の会」の代表は、
「大川隆法主宰先生を誹謗した『フライデー』は許せない」
 と、泣き出さんばかりに絶叫した。その後、「被害者の会」代表には、「幸福の科学」会員で作家の景山民夫氏が就任している。
 二日朝からいっせいに始まった行動を考えれば、抗議は組織的に行われていると考えるのが自然ではなかろうか。講談社に送られて来たファクスの中に、その証拠ともいえるものが紛れ込んでいる.前出の杉本講談社広報室長が言う。
 「ファクスには、表が言いてありまして、左側に縦に、講談社の部署名と電話番号、横に時間が区切ってあって、表の中には、『幸福の科学』の支部があると思われる地区名と個人名が書いてあります。おそらく、何時から何時までどこの支部の誰が、講談社のどの部局の電話に抗議するかが書かれた指令書ではないかと思います。ガンガンファクスを送るうち、推かが誤って流したのでしょう」
 杉本広報室長の推理が当たっているとすれば「偉大なる常識人たれ」と大川氏の説く「幸福の科学」としては、あまりに非常識ではないか。そして、さらに非常識といわざるをえないのが、先にも書いた石原さんへの対応である。

 騒動になってから石原さん宅へ「幸福の会」会員七人が訪れたのは九月四日、お昼をすこし回ったときだ。石原さんが話す。
 「自宅で午前中の仕事を終えて、休んでいると『幸福の科学』」の河内と名乗る男がいきなり『よかったですね』と言って入ってきました。大学生ぐらいの若い男の子六人が一緒で、何事かと思ったら『いや、フライデーに拉致されてるんじゃないかと恩って来たんですよ。やつらは以前、右翼を使ってそういうことをしたことがあるんです』っていう。怖くなって、彼らの車に乗って外に出ました」
 もちろん、フライデーが過去にそういう事件を起こした事実はない、なぜそうまでして、「幸福の科学」は石原さんを連れ出したのか。実は、ちょうどこの時間、文化放送が「梶原茂の本気でドンドン」という午前十一時からの二時間番組の中で、この騒動を取り上げていたのだ。
 内容は「幸福の科学」、『フライデー』それぞれの主張を聞き、真実に迫ろうというもの。そのとき、番組は、双方の意見を聞き、後は石原さんの話す"真実"を待つばかりの状況。しかし、石原さんとは連絡がとれず、番組終了まであとわずかという場面だった。
「今、石原さんから電話が入りました」
 ディレクターのはずむ声がラジオから響く。石原さんは、
「あのねえ、友達から電話があって(中略)なんかラジオで言ってるそうだから、早川さんがね」
 と、ドラマチックに登場した。しかし、この「友達」こそ、「幸福の科学」の河内宏之研修局次長その人だった。
 「車の中で、河内は『今、文化放送のラジオに早川が出ている。向こうは石原さんにも出てほしいと言ってるから出てやってくれないか』といい、車の中から電話で文化放送に電話を入れました。しかし、番組直通の電話にかけ直してくれと言われ、河内が番号を控えました。車の電話ではますいということになり、私が公衆電話からかけました。番組では、それまで「幸福の科学」に話してきたことを話しましたI
 このとき石原さんは、「(早川さんに)この方(中川一郎)は大川さんではないことは確実ですよ。『フライデー』に載せないで下さい、とはっきり三回言った」
 などと、証言をしている。
 河内氏は、この後石原さんに、
「よくやってくれました。これでこっちの勝ちだと大川先生も喜んでおられますよ」
 と、話したという,
 ここでも、石原さんのあいまいな。"証言"が登場する。

あいまいな証言が招いた大きな災い

 ラジオ放送の翌日、「幸福の科学」は「本日、文化放送で真実が明白に!!」と題するニュースリリースをマスコミ各社に送りつけた。内容は、編集し直された番組のテープとテープから起こされた石原氏の証言。肝心な部分にはわざわざ下線まで引かれていた。
 リリースの説明文には、
 「『幸福の科学の広報担当者が石原氏に働きかけて、偽の証言をしたとサインさせられたのではないか』というようなことはいっさいないということを表明されたのです」(原文ママ)
 と、書かれているが、広報担当者が石原さんに働きかけたことは、「幸福の科学」自身が「ハ月十八日と二十二日の二回、私を含め、三人で石原さんを訪ねた」(森広報宣伝局部長)と認めている。
 本誌が石原さんを訪ねたのは、ラジオ放送後の九月四日午後四時過ぎだった。その時、石原さんの家の奥には、四人の「幸福の科学」会員がいた。対応に出た石原さんは、はじめのうち、本人であることさえ否定して、
「石原はいないよ。居場所は知らない」
 と、かたくなに取材を拒否しようとした。しかし、やがて本人であることを認め、経過を話し始めた、そのとき現れたのが、記事冒頭の若者だった.
 若者たちから逃れるため、外に出た石原さんは、本誌にこう打ち明けた。
 「記事が出て本当に大変なことになったと思った。怖かったんですよ、『フライデー』も「幸福の科学」も。でも、怖さを天秤にかけたら『幸福の科学』のほうが怖かった。だから謝りの電話を入れたんです、証言文に著名をしたのは、間違いでした。
 石原さんは、今、自分の言葉が招いた災いの大きさをひしひしと感じているに違いない。
○本誌-高野秀樹・越智良子
[p166-169]


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